「男性も女性も、意欲に応じてあらゆる分野で活躍できる社会」をめざす男女共同参画社会基本法が施行されて20年。女性の社会進出が進む一方で、保育士や歯科衛生士など、男性の比率が極めて少ない職種もある。多様な属性を受け入れて組織を活性化するダイバーシティ推進が活発な現在。女性のイメージが強い職種に男性の存在や視点が加わることで、新しく生まれる実りもあるはずだ。
兵庫医科大学病院(西宮市)では、看護師約1000人のうち100人超の男性看護師が在籍する。さらにその中で、ケアの現場をつかさどる看護師長として3人の男性が活躍中だ。末信正嗣(すえのぶ・まさつぐ)さん(40)もその1人。昨年4月から、50床ある1フロアを束ねる看護師長として勤務している。
■看護師長となって増えた喜び
新たに入院する人の病室を、看護が効率的に行えるよう振り分ける「病床管理」と、看護の質を絶えず保てるよう看護師のシフトを組む「労務管理」が主な仕事だ。マネジャー職となり、患者のケアを直接行う機会はぐっと減った。とは言え「患者さんに感謝されることがやりがい。これは新人時代から今も変わりません」と話す。看護師長ならではの喜びも増えた。「約30人いる部下の看護師が、患者さんにほめられたときもすごくうれしい。立場が変わったから感じられる喜びですね」
患者と医師を「つなぐ」役割こそが、看護師の仕事だと信じてきた。「患者さんは、医師には言えないけれど、看護師になら話せる相談事や悩みはあると思います」。だからこそ、1日の中で患者と一番接する時間の多い看護師が、そのパイプ役にならなければいけない。経験に基づく末信さんの信念は、若い世代にも引き継がれる。「役職のない若いころは、ただひたすら患者さんのことだけを考えられました。だから後輩にも『患者さんのことだけを考えられるのは今だけなので、この時間を大切に』と伝えています」
■女性看護師のケアを望まない患者へ「選択肢」を
看護師を目指したきっかけは高校時代、母からの一言だった。「看護師になったら? これからの世の中は資格だよ、と。当時は男性看護師が今よりずっと少なかったこともあり、珍しいし面白そうだと興味を持ち始めました」。高校卒業後に入学した看護専門学校では、40人の同級生の中で男性は末信さんを含めて2人。そうした環境も違和感なく溶け込めた。当時から「やりがいを感じられた」という看護実習などで充実した3年間を過ごし、2000年4月に兵庫医科大学病院に入職。当時20人ほどだったという男性看護師の一人としてキャリアをスタートさせた。
男性だから役立てる―。キャリアを通じてそんなケースをいくつか経験した。「動けない患者さんのケアは“力仕事”。男性看護師の力が必要とされる時です。また、女性のケアを望まない患者さんに接することも大切な役割です」。とりわけ、女性看護師の排泄ケアに対して羞恥心を感じる思春期の男性患者は多いと実感する。「本音は男性看護師のケアを求めているものの、女性が圧倒的に多いため、恥ずかしくても言えない患者さんは少なくないと思います」。男性看護師が増えることで患者の選択肢も増え、結果として患者の心理的な負担が少しでもなくなればと願う。
同僚には妻子のある男性看護師長もいる。家庭と仕事を両立する女性看護師を、親として、夫としての視点からフォローすることもしばしばだ。子どもが入院して不安を感じる父親に、同じ父親の目線から心理的なケアで役立てた場面もあるという。
■男性看護師にはロールモデルが少ない
日本看護協会の統計(2016年)によると、看護師および准看護士総数155万8340人のうち、男性は10万6333人。約7%の割合だ。とは言え、男性看護師の数は年々増加傾向にある。入職当時約20人だった院内の男性看護師が今では100人を超えており、末信さんにもその実感はある。ただ、男性というだけで注目を集めること自体、男性看護師はまだまだ世間一般の存在ではないとも感じる。
看護師長になって芽生えた心境がある。自分が後輩のロールモデルに、という自覚だ。「入職当時は先を見通す余裕がありませんでしたが、看護主任、副看護師長と役職経験を積むにつれて、自分がキャリアアップする姿をだんだん思い描けるようになりました。現実として男性看護師にはロールモデルが少ない。そのさきがけとして、若い男性看護師のキャリアの道しるべになれればいいですね」
兵庫医科大学病院では、男性看護師ならではのキャリアや仕事上の悩みを共有する場として「男性看護師会Brothers」なる支援体制を院内に設置。共に成長できる環境も整いつつある。「初めは男性が少ないからという理由で目指した看護師ですが、今は男性看護師がもっと一般的になってほしい。その一助になれるよう、これからも頑張ります」。末信さんの声にひときわ力がこもった。(伊藤真弘)